COLUMNコラム

誰が決めるか、発注するか

世の中で「終活」という言葉が市民権を得て、当たり前に語られるようになりました。多くの「終活」にまつわるサービスやビジネスが登場しています。具合が悪くなったり認知症になったり、そして最後には亡くなったときにお世話になるサービスであると同時に、お金が潤沢にある人から、そうでない人まで、誰にでも必要になるサービスも含まれています。

 

したがって「終活」にまつわるサービスには、福祉サービスとして無料、低額又は公的保険利用により提供されるもののほか、希望する人だけが有償で利用するビジネスサービスもあります。また、葬儀(火葬式)のように誰もが必ず一度はお世話になるにもかかわらず、生活保護受給者以外はすべてビジネスサービスとして利用しなければならないものも多くあります。

しかもそれらのサービスは、実際に利用すると決めるのも料金を支払うのも、今ではありません。いつ利用するのか、どのくらい利用するのか、はたまた利用しないのかすら、現時点でははっきりと決められません。今できることとしては、こういう状況になったらこういうサービスを使いたい……とイメージして、その希望を表明しておくことです。

 

私たちが最初に考えなければならないのは、将来必要となったときに、希望するサービスを「誰が決めるのか」「誰が発注してくれるのか」ということです。

介護などの福祉サービスですら、必要に応じて誰かが自発的に介護を始めてくれる仕組みではありません。本人、または他の誰かが「申請」又は「発注」する必要があります。

 

あなたの状況を知り、希望を知り、好みや考え方を知り、家族環境を知り、経済状況を知った上で、あなたに適した生活環境や療養介護環境を整え、最期には葬儀・納骨の手配まで面倒を見てくれる人は誰ですか?それ以前に、こうしたことを自分自身でできなくなったことを察知してくれる人は誰ですか?

エンディングノートを書くことももちろん大切ですが、そのエンディングノートを託す相手、エンディングノートの内容を実現してくれる先を見つけておくことが最重要です。

 

あなたが自分自身で「私、今日から認知症になりました」「私、今、死亡しました」と宣言することはできません。こんな当たり前のことをイメージするのが、実は難しいようです。読者の皆さまは、お元気なうちにぜひ想像を膨らませてみてください。事前に備えておけば、その後は前向きに人生を送ることができるようになるでしょう。

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